気まぐれ日記 2012年10月
2012年9月はここ
10月1日(月)「ボケた優良ドライバー・・・の風さん」
月の最初の日が月曜というのは気持ちのよいものだ。
空は昨日の台風が嘘のように晴れ渡っているが、落ち葉やごみはそこらじゅうに散乱していた。
それにしても、昨夜は……というか、今朝寝たのは6時15分から7時5分までの50分間だけである。ほとんど徹夜に近い。
製作所に出社し、会議のおしまいの方で、優良自動車運転者表彰を愛知県警察本部長からもらったことを報告した。私のシナリオではここで大きな反響があるはずだったが、それはなかった。
会社は、交通安全に関してさまざまな目標値を設定して活動している。加害人身事故の発生件数もそのひとつで、年間目標値を、今年も早くも今日達成してしまった。達成して誉められないのが、事故の発生件数である。
以前から会社の交通安全活動に不満の私は、受賞を契機に、また声を大にして言いたい。会社が最も主張すべきことは、「注意しろ」ではなく「会社がいかに従業員とその家族を、そして地域の人たちを大切にしているか」である。
その精神なくして、他人に思いは伝わらない。
社外発表許可申請書に承認印をもらうため、本社へ寄った。
昼前後に、上司、部長、担当役員のハンコをもらって、専門部署に届けるつもりだった。
ところが、できたのは部長のハンコだけだった。私が彼らのスケジュールを読み誤ったのである。また、ボケである。思い違い、勘違いはすべてボケに起因する。
ひどいことに担当役員は今週は海外出張だという。
部長の指示で副社長のハンコをもらうことにした。
明朝出直しである。
とはいえ、本社で昼食にラーメンを食べてから研修所へ向かった。
昨日役目を果たせなかった「三井寺へのお土産のお菓子」を研修所の女性たちにあげたら喜ばれた。もちろん「家内のアドバイスです」と説明することは忘れなかった。基本的に私は潔いのである(えっへん)。
午後、職場防災隊誘導班の反省会をおこなって、次回訓練への意見を整理した。
夕方暗くなってから、本社の元部下がやってきた。相談事で来たのだ。
1時間半くらい話してあげた。
10月2日(火)「リーン製品開発方式・・・の風さん」
本社に行こうと昨日より10分早く家を出た。
ところが、また先日と同じ有料道路の工事渋滞につかまってしまった。
その瞬間本社行きは断念した。
研修所には定時前に着いた。
午前中の全員が出席する会議で、優良自動車運転者として表彰されたことを話した。
会議後、副賞の文鎮を見せて欲しいと女性が二人やってきたので、私は満足した。
次の目標は「何歳で免許証を返却する」で、その何歳を決めかねている。どうも昨今のボケ具合からすると、早ければ75歳くらいに設定する必要がありそうだ。母の例を見るまでもなく、これはボケてからでは遅く、他人には任せられない。
105円、200kcalの昼食後、TOCの紹介で有名な稲垣公夫氏と親しく意見交換する機会があった。氏は近年「リーン製品開発方式」の紹介に力を入れている。もともとはアメリカ人がトヨタ自動車の開発のやり方を研究してまとめたものだが、氏は足を使って背景や周辺をしっかり調べておられるのだ。
お話をうかがって非常に勉強になったので、こちらからも情報を提供した。
今後の交流を約束してわかれた。
気にしていたアマゾンの在庫不足を解消すべく、3刷が決定したと出版者から連絡があった。私という作家の実績のなさのために、毎回決定が遅れる。
10月3日(水)「副社長に会ったあとは工事現場へ・・・の風さん」
今日は昨日よりもさらに早く家を出た。たとえ工事渋滞があっても本社に間に合う時刻だ。
ところが、こういうときに限って渋滞はない。
いったい工事はどんな計画によって実施されているのだろう?!
本社での目的は副社長の承認印をもらうこと。あいにく午前中は30分刻みで会議がぎっしりである。0分の隙間に割り込むしかない。
ところが、うまい具合に副社長がトイレに立った。
このチャンスを逃すアホはいない。トイレから出てきたところをキャッチして、席までずっと話しながら歩いて、着席したときはもう副社長はハンコを取り上げていた。
今日本社に来てラッキーだったのは、アメリカへ行っている元同僚と偶然会えたこと。とんでもなく離れた距離に住んでいる者同士が会うなんて、男女の出会いに似ている……わけないか(笑)。
研修所へ移動した。午後、私が設計した転倒防止治具の工事のため、現地で事前確認をした。なにしろコンクリートの床に穴をあけてアンカーボルトを打つのだから、失敗は許されない。
治具は設計通りにできていた。工事は、土日におこなわれる。
10月4日(木)「2万歩まであと少し・・・の風さん」
上司から佐々木常夫さんの講演を聴きに行かないか、というありがたい打診があったので、かなり熟考した結果、5つの目的をもって東京に出張させていただくことにした。
5時起床。久しぶりに万歩計をつけて、最寄の駅を6時3分に出る電車に飛び乗った。
今日こそビジネススクールのケースブックを読もうと決意している。
最初の電車から当然ケースブックを開いた。
名古屋で新幹線に乗り換えても、さらにケースブック読みは続いた。
しかし、東京に着くまでに、目的の分量を読むことはできなかった。
佐々木常夫さんの講演はトップバッターだった。いつもの調子で始まって、内容も以前に聴いたものとほとんど同じ。本も読んでいるので、言わんとしていることはよく分かる。ビジネスマンの心得のようなもので、何度聴いても納得である。
このことは作家業にも当然反映できる考え方である。ある程度分かっている私でもそれができないのは、自分に対して甘いからだろう。
講演が終わって、寄付するサイン本のところにいる佐々木さんに挨拶してから、会場を飛び出した。
シャトルバスで幕張メッセへ向かった。シーテックJAPAN2012を見学するのである。最大の目的は、某社の4Kテレビを見ること。
目的を果たした後、トヨタや日産のブースを見学して、また会場を後にした。
4つ目の目的は、経産省の知人を訪ねることだった。霞ヶ関のビルに入るのである。
これは長年の夢だった。
日本の頭脳が集まっているはずのビルは、思いの外古く、内部は暗く、活気がなかった。今の日本の世相を反映しているようだった。これではいけない。ここが元気で生き生きと仕事していなければ、日本の明るい将来像も描けない。枝野さん、しっかりしてくれぇ!
5つ目の目的は、昨夜崩壊した。定時後の行動となるが、ジュンク堂池袋本店に行って、『江戸の天才数学者』にサインしてくることだった。ところが、書店からの連絡で、本の在庫が少ない(3冊しかないとのこと)ので、来ていただくのは申し訳ないとのことだった。3刷が書店に届くのは20日過ぎになるだろう。大いなる機会損失!
復路でもケースブック読みをしたが、目的の分量にはまったく到達できなかった。
帰宅して、腰につけて万歩計を見たら、17394だった。5つ目の目的まで果たしていたら、2万歩まで達したと思うが、ま、こんなものか。
大きな発見もあった。三浦しをんさんから新刊『本屋さんで待ち合わせ』が届いていたのである。
なぜか?
この本は、三浦しをんさんが書いた書評が中心の本である。運よく、拙著『和算小説のたのしみ』の書評も収録されていたのだ。編集者と三浦しをんさんからの手紙も同封されていた。
ラッキーと思ったのはもちろんで、それでいくらか元気も出たのだが、ワイフの悪魔のようなひと言「一杯飲もう」に付き合ったために、意識は午前零時までしかもたなかった。
10月5日(金)「そんなことか・・・の風さん」
午前6時に目が覚めた。ソファに寝ていた。次第に昨夜の記憶がよみがえってくる。
焦ったがどうしようもない。
とにかく会社へ行かねば。
研修所に出社した。
昨日幕張メッセで見た4Kテレビは、11月23日発売である。受注生産になるとのことだったので、早くつばをつけておかなければならない。
昨日は商談はできなかったので、会社から購入相談フリーダイヤルへ電話した。
そこで会社に近い特約店を紹介してもらい、電話した。
来週の火曜日に会社に来てくれることになった。
善は急げで、てきぱきと処理することもあれば、締め切りギリギリになってやることもある。実は、私の場合、後者の方が多い。これでは佐々木常夫さんに叱られる。
とにかく思いついた日が吉日なので、やれることはやってしまうことにした。
来月の日商簿記試験の申し込みを完了した(笑)。
なーんだ、そんなことか、と言わないでもらいたい。
とにかく、そんなことが山のようにあるのだ。私は一人なので。
帰りにCD機でお金をおろし、某社へ出向している元部下へ書類を届け、台風で汚れたミッシェルをやっと自動洗車にかけ、給油して帰宅した。
今夜はとにかくビジネススクールの予習、予習、予習……。
10月6日(土)「できるかワークライフスタディバランス・・・の風さん」
ビジネススクールの秋学期が始まった。衝撃を受け続けた1年間だったが、何とか12科目合格したので、先の計算がしやすくなった。
ここまでは順調というよりは幸運だったと思う。あれだけ無理したのだから、破綻してもおかしくなかったのだ。
これからは計画的に受講した科目は確実に合格していきたい。世の中にワークライフバランスという言葉があるが、私の場合、ワークライフスタディバランスが重要である。
今日の講義は大入り満員と聞いていたので、良い席を確保するため、1本早い電車に乗った。
正解だった。講義室は補助席まで用意してあり、それでも満席だった。
私はお気に入りの席につくことができた。
ゼミでの指導もお願いしている先生が冒頭におっしゃった。
「たくさん聴講してくださっていますが、成績の下の方から30%落とすことに変わりはありません」
その30%に入らないようにするための懸命の努力が始まった。
本当に真剣に受講していたので、今日は会社の防災訓練の一環の「安否確認訓練
(PCやケータイからアクセスして安否を登録する)」の実施を完璧に忘れた。
講義後の勉強会「佐藤さんの実践パワポ」まで受講した。
帰宅しても、定期券の更新(また半年分を購入)、次女を迎えに駅まで行くなど忙しく(ワイフは高校の同窓会で今夜は実家泊まり)、午前零時前に突っ伏していた食卓のテーブルから顔を上げて、
(安否確認、やらなくちゃ)
いつものゾンビになって書斎へ向かったのであった。
10月7日(日)「やっててよかったフェイスブック・・・の風さん」
入浴後も予習を続け、午前5時から7時まで2時間だけ仮眠して、今朝も1本早い電車に乗った。
その前に荷物の多い次女を駅までミッシェルで送っていったし、昨夜からチビ助とペコの餌の補充も忘れていない。
今日も席は確保できた(私と全く反対の人生を送っている豪傑も世の中にはいて、遅刻してきた某氏は、今朝の5時まで飲んだくれていたそうで、最後列で仰向けになって寝ていた)。
昨日に続いて、クラスディスカッション主体の講義だった。先生の質問に反射神経も鋭く手を上げて、気のきいた回答をすればポイントになるのだが、ボケた頭にはなかなか困難である。しかし、必死に抵抗した。
午後のケースはSNSだった。先月からフェイスブックに手を染めていた私は幸運だった。いちおう何となく分かるのである。
そうやって、今日最後のイベントはグループディスカッションと発表ということになったが、行きがかり上私が発表することになってしまった。
10グループの発表があって、1番人気になると成績に反映されるということで、いちおう頑張ったが、だいぶ差をつけられた2位だった。
ありがたいことに、講義の途中で先生が私を紹介してくれた。もちろん『江戸の天才数学者』の宣伝をさせてもらった。昨日から今日のお昼までに6冊販売したが、この宣伝をした後は1冊も売れなかった(笑)。
何とか2日間を切り抜けることが出来た……が、夕食後、書斎ですぐダウンしてしまった。
10月8日(月)「祝ノーベル賞受賞山中教授・・・の風さん」
4時に目が覚めたので、まだ時間がある、と起き出した。すぐ目の前が執筆場所だ。
三浦しをんさんへの御礼状を書き、某新聞社の学芸員の方へ絵葉書を書き、出版社系の方たち3名へメールを送った。
こういったことをすべて著者がやっているので、私はいつも死にそうになるのだ。
シャバは体育の日で祭日だが、大企業は関係ない。国旗が掲揚されている製作所の正門からミッシェルで出社した。ここに旧職場があるのだ。
会議に出席して、昼食後、研修所へ移動した。
真っ先に実験室へ行った。設計した治具がちゃんと工事されているか、確認しに行ったのだ。
バッチリ設計通りに完成していたので満足した。
あと、これと同じ設計思想で、2か所で工事を実施しなければならない。
夕方、上司から呼ばれて面談をした。私の身辺にかかわることで、ちょっとした問題である。悩ましい。
私のことはつまらぬことだが、日本にとって素晴らしいニュースがあった。
iPS細胞を作り出した山中伸弥教授のノーベル医学生理学賞受賞である。
若くて人格者で人柄もすぐれた山中教授の受賞は本当に喜ばしい。
10月9日(火)「血圧再上昇・・・の風さん」
ミッシェルで本社に直行し、定期健康診断を受けた。言いたくないが50代最後の、である。
いきなり血圧値とんでもなく高い結果を出した。しばらく他を回ってからやり直したが、だめ。最後に、看護婦さんに測ってもらったが、だめ。
病院で診てもらいなさい、ということになった。
昨夕の面談内容がストレスとなっていることが容易に想像できた。
自分の健康のことを考えると、対策はすぐに決まった。ストレスがたまらない仕事環境を選択するということだ。究極は、作家1本かもしれない。経済的な問題より、健康が優先するのだ。
午後、先週のシーテックJAPAN2012で見た4Kテレビの会社S社に打ち合わせのため来てもらった。
会社のロビーに設置することを検討しているため、その技術的な相談などである。
実現へ向けてまた1歩前進した。
その後は、業務計画書の記入に専念したが、頭のどこかで悩みが疼いているため、イマイチ効率が上がらない。
現在ど貧乏状態で、それだけでも大いに落ち込むのに、それ以上の悩みはごめんだ。
10月10日(水)「上司と相談・・・の風さん」
昨日の健診で血圧が高かったために、定年後のことについて考えることがあり、本社へ直行して上司(複数)に相談した。
少し気が晴れた形で研修所へ向かった。そこでも上司と相談した。
どのような困難も私は乗り切れる自信があるが、健康を害する問題は、現在のような年齢になってからは、チャレンジなどとは言えない。まさに無謀である。
午後、やっと月度計画の作成に着手できた。
12月15日(土)に久しぶりにジュンク堂池袋本店でトークセッションをやらせてもらうので、そのためのチラシを作成して担当者へ送付した。おそらく知人と友人ばかりが集まるだろう。楽しいトークセッションにするだけでなく、書店にもメリットを感じてもらわなければならない。
10月11日(木)「教員応募書類を作成・・・の風さん」
午前中、研修所で面白い体験をした。3階のベランダから避難袋で地上へ降りたのだ。
袋は垂直に降ろされたので、一気に落下するような恐怖があったが、実際は内部で引っかかる仕掛けになっていた。らせん状に縫ってあるからだ。
芋虫のようにもぞもぞを動かないと落ちて行かない。ジェットコースターが大嫌いな私でも、必死に下へ落ちようとした(笑)。
午後、製作所に出張し、社長と面談した後、工場でエンジン取付台車の寸法取りをした。工場への出入りをするときに、ネームホルダーの紐が切れた。昨今の悩みがふっきれた瞬間とも重なった。
それから旧職場へ移動して、そこのパソコンの中にあるデータのチェックなどをした。
来週の出張計画の詳細スケジュールも作成した。
今夜は、書斎で重要な仕事を完成させた。大学の教員公募に応募するための書類作成である。昨年の経験が生きて、比較的スムーズにできたのは、昨夜のトークセッションのチラシ作成と同じだ。
10月12日(金)「コインケースがない・・・の風さん」
午前中は、研修所の5S点検をした。前回指摘した箇所の改善状況の把握で、写真でビフォーアフターを示すのだ。
大野先生に会いに行ったら、懐かしい人と会った。社会人入学時代の同級生で、現在、愛工大で働いているという。あれから2年半しか経過していないのだが、ずいぶん昔のような気がする。私はどんどんボケてきているので、これからの時間はあまり長くないだろうが、しばらくは同窓生が増えた喜びを味わえそうだ。
先生にまた推薦状を書いてもらい、帰りに郵便局で簡易書留で出してきた。
これで一件落着。昨年は期待に胸を膨らませたが、甘くないことを痛感しているので、しばらくは忘れているしかない。
……と、ホッと一息入れようとした瞬間から悪夢が始まった。
コインケースが見つからないのだ。コンビニでパンを買うときに使ったのだが、それからの記憶がない。最悪のケースは、食べたパンの袋を捨てるときに一緒に袋に入れて捨ててしまったというものだ。何度探しても見つからないので、だんだんその想像が正解のような気がしてくる。ボケを自覚しているので、ますますそんな気がしてくる。
気を取り直してミッシェルを走らせたが、頭の中では、ここまでの自分の記憶を何度も何度も呼び戻そうとした。そうして、そのかすかな記憶の中にコインケースの姿を求めた。その涙ぐましい努力が神に通じたのか、ついに、大野先生に会う前に、コインケースを手に持った記憶がよみがえってきた。
自信を取り戻した私は、何度目かのカバンの中の捜索をした。すると、小さなポケットの部分にコインケースがはまっているのを発見したのだ。
地元の図書館で借りている本の継続手続きをし、ミッシェルに給油して帰宅した。
10月13日(土)「祝高山ケンタさん・・・の風さん」
昨夜、やや遅くまでケースブックを読んで寝た。
そのせいでもないだろうが、明け方寒さで目が覚めた。
そして、かつて何度も経験している「寒さで死にそうな体験」をした。雪山で遭難したときの感覚に近いのだろう。
幸運にも死なないですんだ。やれやれ。
先週と同様に、いつもより1本早い電車で名古屋へ向かった。
行きの車中でも頑張ってケースブックを読んだ。このしぶとさがあれば、まだ簡単には死ねない。
先週ほどの元気さはなかったが、何とかクラスディスカッションに参加できた。
速攻で帰宅した。
今夜は高山ケンタさん(『星空に魅せられた男』の装丁や挿絵を描いてくれたアーチスト)の結婚お祝いパーティーが開かれているが、出席は困難だった。それでも、
先週上京したときにお祝いを預けてきたので、それは手渡されているだろう。
夕食後すぐにレポートに手をつけた。明日の講義の開始前に提出しなければならない。
10月14日(日)「プレバースデー・・・の風さん」
これまでの経験で、徹夜で講義にのぞむと、まともなディスカッションができないことを痛いほど知っているので、昨夜はとにかく仕上げてしまうことを目標にして、午前2時に就寝できた。
疲労気味ではあるが、何とか昨日と同じ電車に飛び乗った。
行きの車中で、また必死にケースブックを読んだ。
キャンパスに着いてからもケースブックを読んだ。
今日の昼食は午後2時半過ぎだった。昼休みもケースブックを読む覚悟の私は、駅で買ったパンをかじってすませた。
そうやって、フラフラで講義の終了時刻をむかえた。
成績の自信はないが、合格したのではないだろうか。通算13科目目。
昨日今日で『江戸の天才数学者』を5冊買ってもらえたので、今日の打ち上げ代ができた。感謝感謝。
10人の新入生を迎えた打ち上げは、事務室の女性陣も参加して、非常ににぎやかな宴だった。大ボケ老人の私はできるだけおとなしくしようと心がけていたが、一緒に楽しませてもらった。
帰りは駅まで歩いた。
帰宅したら、次女が手作りチョコレートを作っていた。明日の私のバースデーのためだった。さっそく、ワインを空けて、3人で食べることにした。
チョコレートは信じられない硬さで、食べるのにてこずったが、黒猫のコインケースをもらってうれしかった。一昨日、本当にコインケースをなくしていたら、これは洒落にならなくなるところだった。
10月15日(月)「衝突実験場の悲しみ・・・の風さん」
日中の気温が27℃まで上がるという予報だったので、上は半そでポロシャツ1枚で出発した。
今日は、かなり山奥にある会社のテストコースまで出張する。テストコースとは言っても、走るために行くのではない。研修用のエンジン取付台車があるので、その現地確認が目的である。
片道2時間のロングドライブとなった。最後は、すれ違うのも難しい狭い山道を走った。日差しが強く、ミッシェルの車内は真夏のように暑かった。
研修の現場は、衝突実験場の奥にあった。実車や台車で衝突実験をする場所だ。
昔、エアバッグセンサの仕事をしていたときに訪れて、実験を見学したことがある。ダミー人形の身を守るためには、どのようなタイミングでエアバッグを展開させるとよいのか、高速度カメラでの撮影もしながら、何度も繰り返しテストしていた。
しかし、今日久しぶりに訪れた実験場は、まさに廃墟だった。
何もない。実験用の台車はもとより、計測機器類もなく、人気のないがらんとした空虚なスペースになっていた。あちこち探検して、ようやくダミー人形を発見したが、使われている様子はなかった。この事業は合弁会社へ移転され、ここは合弁会社の所有になっているのかもしれないが、使われていなければ、廃墟と同じだ。
ふと寂寥感が身内を走った。
私は、ミッシェルを衝突実験場の奥へ乗り付け、同僚に記念写真を撮ってもらった。
フェイスブックで自分の誕生日を公開したため、「おめでとう」の書き込みがたくさんあって、驚くとともにうれしかった。
会社の衝突実験場で味わったひんやりした悲しさが、多くの仲間らのお祝いメッセージで、暖められていくのを感じた。
10月16日(火)「設計した治具を自慢する風さんの巻」
昨夜、某新聞社の知り合いに久しぶりにメールを送ったら、今朝、本人からケータイに電話があった。
レスポンスの良さに驚いたが、非常にうれしかった。
1、2度だけでも、会った人との縁は、大切にしたい。しかし、怒涛のような人生を歩んでいると、いつしかその縁が消えてしまうことも多いのだ。
研修所のエンジン取付台車の転倒防止治具が完成したので、職場内に設けている猫同好会メンバーを案内して自慢した。
何をそんなに興奮して自慢しているのか、メンバーは不思議そうな顔をしていた。
今夜は戸締り当番だったので、定時後は大学院の予習をして時間をつぶし、ようやく9時過ぎに退社したが、疲れた。週末の講演の準備をするだけの元気はもう残っていなかった。
10月17日(水)「カンダタ・・・の風さん」
本社へ出張し、情報システムを担当する部署から、社内に設置してある大型ディスプレイの仕組みについて、同僚らと説明を受けた。研修所に設置を目論んでいるシステムの構想がまた一歩現実味を帯びてきた。
東京出張の切符を受け取り、その出張(私が講演をする)に元部下が来れるように活動してから、研修所へ向かった。
今日も上天気だが、週間天気予報では明日から天気が崩れる。スパコンでの予報なので、外れる可能性は低い。
久しぶりに東京雨男になる恐れが高まってきた。
我が家の玄関は樹木が鬱蒼と茂っている。手入れが行き届いていないためだ。
門からアプローチを通って玄関に向かう途中、よくあることだが、クモの巣が顔にかかった。
暗くてよく見えないので、避けるのが難しい。
寝室へ入って着替えをしているときに、顔のあたりがムズムズしたので、手で払ったら、足元にクモが落ちた。
明るいツートンカラーの、見たことのない種類のクモだった。
急いでティッシュでくるんで窓から外へ逃がした。
10月18日(木)「いつものパターン・・・の風さん」
昨夜から明日の講演の準備に専念しているが、できない。
そもそも自分で設定したテーマが大き過ぎたのだ。
これからの生産技術のあり方をテーマにする戦略会議とは言え、分相応な取り組みをすべきだった。
しかし、後悔先に立たず、潔く突っ走るしかない。ベストを尽くすだけだ。
明朝は早いので、前泊の出張計画である。
小雨が降る中、重い荷物と、もっと重い使命感を抱えて、自宅を出発した。
ホテルにチェックインしてすぐパソコンを立ち上げて、資料作成の続きである。
9時近くなって、気分転換を兼ねて、近所にある喜多方ラーメン屋に出かけた。準備が終わっていれば、ビールでも飲んで明日の英気を養うのだが、やっぱり無理だ。
ゴマ風味のスープでチャーシューがたくさん入った喜多方ラーメンはうまかった。
強くなった雨が、私を激励するように、さしている傘を激しく打った。
ええい、死んでも完成させるぞ。
10月19日(金)「やっと講演会が終了・・・の風さん」
目覚ましの時刻設定を1時間遅くしてしまったことに、目が覚めて気がついた。
幸い、まだ30分遅れだ。頑張れば何とか挽回できるかもしれない。
昨日買っておいたパンも食べずに、ホテルをチェックアウトして飛び出した。
これで15分遅れ。
次に、東京駅へ行って、帰りの新幹線の切符を、今夜中に帰宅できる最終に変更した。
これが思いのほかスムーズにできたので、一気に挽回できた。
地下鉄の新橋駅のホームのベンチでパンを食べた。
講演会場にも余裕で着いた。昨年も来たところなので、精神的にも楽だった。
午前中、二つの講演を聴講し、昼食後、控室でパソコンの準備をした。アプリルは小さいが、トラブルはほとんどない。
会社の同僚が二人聞きに来てくれているが、午後からは経産省の課長さんが来てくれることになっている。
と思っていたら、もう来ていた(笑)。
あと、新聞社の知人が来てくれるかもしれないのだが、連絡がとれないので、確証がない。
とうとう私の出番の時刻となった。
講演はカラオケとよく似ていて、やる気満々、楽しくてしようがない。
しかし、昨夜、午前2時近くまで頑張ったが、どうしても完成させることができなかった。
やはり今回のテーマは重いのだ。
それを冒頭で聴衆に詫びた(謝っても仕方ないのだが)。
サービス過剰の講演を終えて、疲労困憊になった。
続いて、パネルディスカッションになったが、私ひとり「お疲れ」モードだった。
最後は懇親会になり、ビールを飲みながら、けっこう深く話し込んだ。
それも6時半には終わり、記念撮影をしてから、私は会場を飛び出した。
ジュンク堂池袋本店に直行し、10冊サインしてまわれ右。
東京駅八重洲口の近くにあるカフェバーへ向かった。
到着は午後8時15分。
高校の同級生が、しばらくそこの雇われ主人をやっているのだ。
初めてだったが、行ってみたら、すごく感じのいい店で、ロンドンのパブのような雰囲気だった。
ワインを1杯飲んで、30分ほどの滞在時間でサヨナラした。
また来たい。
午前零時前に、フラフラで帰宅した。
10月20日(土)「アマゾン1位に返り咲き・・・の風さん」
少し寝坊したが、疲労はとれていない。
足や腕が筋肉痛である。
昼過ぎに、庭の柿を収穫した。
車庫の屋上から柿の実をとるのだが、ほとんど手が届かない。
椅子を持ってきて、それに乗っていくらかとれたが、最後は、車庫の屋上の手すりに乗った。
それでもとれない柿の実は、野鳥の餌だ。
段ボール箱に入れたが、70個近くある。農協に出荷してもいいくらいだ(笑)。
久しぶりの文章サークルのための準備をして、図書館へ向かった。
2時間みっちりできた。今日持ち込まれた3つの作品はすべて出来がよかった。継続は力なり、である。
夕食後、ワイフのトールペインティングの作品展の案内ハガキの印刷をした。
実物とよく似た色が出ず、今夜は妥協の50枚印刷。
アマゾンをチェックしたら、3刷が出回ってきたらしい。「在庫あり」になっていて、さらに江戸のジャンル1位に返り咲いている。
これから書評がいくつか出れば、4刷も夢ではないだろう。
10月21日(日)「Lost & Found ・・・の風さん」
午前中、昨夜に続いて、ワイフの作品展の案内ハガキを50枚印刷した。
ただし、本人によると「色が実際と違う」ということで、多少調整を加えた。確かに、実物と違うが、そっくりにするだけの実力も時間も私にはない。
午後のゼミの準備をして、昼食もそこそこに名古屋へ出発した。
行きの電車の中で読みかけの本を読んだが、眠くなってしまい、そのままストンと落ちるように寝入ってしまった。
目が覚めたら、なんと名鉄名古屋駅だった!
電車は停車していてドアが開いている。車内に立っている乗客がほとんどいなかったので、私は急いでドアへ突撃した。
車外へ出て、ふと身の回りの頼りなさに気がついた。カバンと紙袋を両手に持っているのだが、何となく何かない気がした。
読みかけていた本がないのだ。それは図書館から借りた本だった。昨夜、ネットで古本を注文したばかりだった。
電車は走り去ってしまったので、Lost & Found(遺失物取扱所)へ行って事情を説明した。
担当の女性が慣れていて、私から3両目、進行方向左側、最前列の座席付近に、ラミネートされた本を落としたと聞くや、すかさず次の停車駅へ電話。
会話は専門的で、車両番号を告げるだけで私の乗ってきた電車が特定できるのだろう、すばやい伝達だった。
「次の駅で見つからなくても、終点までには見つけて、ここへ持ってきてもらいますから」という。
私は圧倒的な信頼感に安どの胸をなでおろした。
地下鉄の駅のホームから、待ち合わせている新聞記者に5分程度遅れることを、ケータイから伝えた。
伏見キャンパスのロビーを借りて、新聞記者と依頼してきたエッセイについて、30分ほど打ち合わせた。
続いて、ケースライティングのためのゼミを1時間やったが、金曜日の講演内容を報告し、前回のゼミでの指摘事項に対する部分回答をしただけで精一杯だった。
再び地下鉄で名古屋駅へ戻り、Lost & Found へ行くと、本が届いていた。
身分証明書として学生証を提示したら、職員がそれを見て「偉いですね」と誉めてくれた。
続いて、待ち合わせていた長女と合流し、まず喫茶店でケーキを食べながら、近況を語り合った。
長女からはでっかいバースデープレゼントをもらった。貧乏な父からは何も上げられないので、申し訳なく思った。
それから、私の買い物に付き合ってもらって、6時前に別れた。
夕食後、またワイフの案内ハガキの印刷をやった。これで通算150枚印刷したことになる。
10月22日(月)「野球はドラマ・・・の風さん」
旧職場へ出社した。午前中は会議。
ATM(Automatic Teller Machine)で残金をチェックして、いくらか引き出した。
午後、本社へ寄って用事を済ませ、途中郵便局で振り込みをしてから研修所へ行った。
ワイフの作品展の案内ハガキを、所内の3人の女性に配った。体験教室に来てくれるというからだ。
研修所で会議に出ている間に、早、外は真っ暗に。
さっさと退社した。
エアコンを使わないので、ミッシェルの走りは快適である。夏のことを考えると、ミッシェルはもう少しパワーが必要だ。
ガソリンスタンドで満タン給油して帰宅した。
今日は現金をおろしたが、実は、先日ワイフから借りた20万円の4分の1つまり5万円を返済したかったのだ。
先の希望は明るくないが、来月も5万円くらい返したい。
クライマックスシリーズで3連勝した後2連敗していた中日が、今夜の最終戦で負けた。
日本シリーズ進出を逃したのである。
かつて、日本シリーズで3連勝の後4連敗したこともあったと記憶している。
野球は人生と同様にドラマである。
10月23日(火)「落ち込んでもすぐ復活する理由・・・の風さん」
超多忙の日々が続いているが、幸い体調は良い。低空飛行していても、墜落の心配がないだけだが。
午前中は会議に出席し、午後は治具設計をした。前回の治具と同じ転倒防止目的だが、対象となるエンジンスタンドが普通の台車なので、図面が必要なのだ。
前回の構造をなるべく踏襲して、猛烈なスピードで書き上げた。
実際に製作と工事をしてくれる部署から、現地の写真も欲しいと言われていたので、この台車がある製作所へ向かった。
明日は、研修所の仕事で旧職場へ直行するのだが、途中で資料を机の上に置き忘れたことに気が付いた。
取りに戻っている時間はないので、研修所から旧職場へメール添付で送ってもらうように頼んだ。
途中で買い物をして帰宅したのだが、財布の中に1万円札が1枚多く入っていることに気が付いた。
束で入っているわけではないので、すぐ分かる。
昨夜ワイフへ5万円返却した時、急いで袋に入れて渡した。どうやら4万円しか入れなかったらしい。
帰宅してすぐその話をすると、ワイフも気が付いていて、変だと思ったという。
「4万円と葉っぱが1枚入っていたら、僕のせいじゃない、と言い張れるんだけどね」とジョークを飛ばしても、笑ってくれない。
ボケ続きで、落ち込むことが多いが、じきに忘れて復活するのも、やはりボケのせいか。
知人からメールで講演依頼が飛び込んできた。
ボケ老人にとっては、ありがたい話である。
10月24日(水)「生きていることは忙しいこと・・・の風さん」
東京へ出かけるワイフを駅まで送ることができた。
旧職場に出社し、今日は研修所の仕事をした。会社の技師へのインタビューである。
親しい知人でもあるので、本音の話が聞けて有意義だった。
すぐに報告書にまとめた。
続けて、これも研修所の仕事で、エンジンスタンドの写真の整理。
今日は研修所へ行く気がなくなったので、そのまま帰宅した。
帰りに某図書館へ寄って借りていた本を返却した。日曜日に電車の中に落として戻ってきた本だ。
210ページまでしか読んでなかったが、明日にもネットで注文した古本が届くはずである。
夜はビジネススクールの準備。
何となく忙しい1日だった。
10月25日(木)「ビジネススクールへ向けて緊張感高まる・・・の風さん」
夕べも早々とぶっ倒れたので、今朝は未明から起き出した。
研修所へ出社し、午前も午後も会議。
夕方、本社へ出張し、一橋大学の伊藤先生と落ち合って打ち合わせた。
たまたま本社へ用事で来られていたのだ。
帰りに買い物に寄るつもりだったが、疲れていたので、まっすぐ帰宅した。
終電の1本前に帰宅してきたワイフを迎えに行くこともできた。
今夜もこれからビジネススクールの準備だ。
10月26日(金)「緊迫感の高まる週末・・・の風さん」
今朝の5時まで頑張ったが、予定通りのところまで行けなかった。
週末のビジネススクールが不安だ。
2時間の仮眠で、とりあえず出社……と家を出たが、有料道路で渋滞にはまってしまった。事故が原因だ。
とても定時で着けそうもなかったので、ケータイで会社へ電話した。
いつも下りるインターの一つ手前で有料道路を下りた。
一般道も渋滞していた。こっちは通常の朝のラッシュだった。
研修所まで1時間以上かかってしまった。
運転で少し疲れたが、早くも寝不足で頭痛がしだした。
午前中は図書室で立ったまま会議。来月、新刊コーナーなどを作って客引きをしてみよう、という打ち合わせだ。
頭痛は相変わらずひどい。
研修所のロビーのリニューアル案を考えた。
有料道路の利用料金を集計し、イントラネットを通じて会社に請求した。
頭痛がひどいので、まともな仕事ができない。
定時ですばやく退社したが、その意味はなかった。なぜかというと、地元の図書館で土日に開催される文化祭に、毎回ワイフのトール教室も作品を並べるのだが、搬入日の今日、並んだ作品を見ることができなかった。会場が閉まってしまい間に合わないのだ。土日はビジネススクールなので、今年は全く見ることができない。
寝不足で明日の予習ができない。
とりあえず夕食後仮眠をとることにして、ソファで横になった。
深夜、寒さで目が覚めた。身体が震える。いつか死ぬ時の状態である。
フラフラしながら2階の書斎へ直行し、長女がプレゼントしてくれた電気ひざかけをかぶって床に寝そべった。
10月27日(土)「ビジネススクール算額先生・・・の風さん」
ビジネススクールの新しい科目が始まった。
今回の内容はMOT(技術経営)で、自分の得意分野である。つまり、ケースを読んだときに、調べる専門用語が少ない。 実際、最初のケースは「トヨタ生産方式」に関するものだった。これでまともな意見が言えなかったら、私は愛工大大学院で講義をしている資格がない。ということで、しっかり予習もやって今日を迎えた……と言いたいところだが、例によって、作業が遅れていて、今朝1時半に起き出して、それからねじり鉢巻きで準備した。
だが、さすがに「トヨタ生産方式」のケースでは、偉そうな発言をすることができた。同級生たちからも、「今日は元気でしたね」と言われた。このまま大きなしくじりをしなければ、単位はゲットできるだろう。
いつものように先生に自分の正体を明かして、拙著(今回は『江戸の天才数学者』)を贈呈した。賄賂ではないと主張することも忘れなかった。
すると、意外な反応があった。「3年前に故郷の神社で、ご先祖さまだと言われている人が奉納した算額を見た」とおっしゃるのである。
昼休みに調べてみると、その神社の算額は、失われた算額(つまり奉納した記録はあっても、現物が残っていないもの)らしいことが分かったので、先生にそのことを伝える一方、帰宅してから、算額に詳しい二人の先生に、今日の出来事をメールで伝えた。
10月28日(日)「自宅にケータイ忘れ・・・の風さん」
短編の締め切りが近付いているのに、テーマが閃かない。
いちおう芸術活動なので、こういう状況にときどき追い込まれる。
若いときは、たぶん、火事場の馬鹿力で乗り切れるのだろうが、よぼよぼの爺では、それは期待できない。
今日のビジネススクールの予習も、分刻みでこなしているわけだが、なかなか厳しい(名古屋までの往復の車中まで予習時間にカウントしているのだ)。
昨日とは少し違って、今朝の6時から7時20分まで仮眠してから、ビジネススクールへ出撃した。やはりこれでは、往復の車中で予習なんてできるわけがない。
寝る。ひたすら睡眠不足の補充にあてるしかない。
ビジネススクールに着いて気が付いたことは、ケータイを自宅の書斎に忘れたことだ。あ〜あ。
帰りの乗車電車をワイフに伝える方法は、今どき珍しい、テレホンカードによる公衆電話からだった。
とにかく何とか乗り切ったぞ。
10月29日(月)「『竹の思想』・・・・の風さん」
風が強くてやや肌寒い日だった。庭の柿の木にはまだ実がいくつかついていて、野鳥が朝必ずと言っていいほどやってきて、ついばんでいる。
旧職場に出社した。
午後、同じ会社の敷地内にあるグループ会社へ徒歩で向かい、親しい監査役と久しぶりに歓談した。
本当に久しぶりだったので、話が尽きることなく、3時間にも及んだ。しかし、これでしばらく会わなくても大丈夫だろう(笑)。
帰途、大型家電量販店に寄って、次女の部屋のエアコンを注文した。もう使用10年になり、壊れたので、思い切って更新した。工事予定日が今度の週末になったので、その早さに驚いた。
帰宅したら、楠木誠一郎さんの新刊が届いていた。
コンスタントに出てくるなあ。
「文芸家協会ニュース」も郵送されてきていた。いつも内容に不満なのだが、今回は尊敬する伊藤桂一先生の記事が出ていたので、しっかり読んだ。もう95歳になられるという。
初めてお目にかかったのは、私がデビューする前で、ご講演前の楽屋だった。あのときはまだ70歳を少し出たくらいだったのだろう。
伊藤先生の詩集『竹の思想』のことも出ていた。
数年前に神田の古本祭りのときに購入した『竹の思想』を持ってきてみると、まさにそれだった。私は貴重な古本を購入したことになる。
10月30日(火)「激励多し・・・の風さん」
会社の仕事もけっこう忙しいので、最大効率でこなそうと心がけている。
会社に着いてすぐ打ち合わせの準備を開始した……ら、またケータイを書斎に忘れてきたことに気付いた。
やはり末期症状かもしれない。
打ち合わせ後、その結果をすぐプレゼン資料に反映した。
帰りに郵便局に寄って、長男へ支援金を送金した(私もど貧乏なのだが)。
今夜サプライズでワイフからバースデープレゼントをもらった。お互いに忙しいので、タイミングが遅れたということらしい。それにしてもお洒落なスリングバッグだ。バッグだけが浮き上がってしまいそう(笑)。
夕食のハッシュドビーフも美味かった。
よし、今夜も徹夜でがんばろう。
10月31日(水)「短編小説がピンチ・・・の風さん」
早くも月末だ。焦る。とにかくやるっきゃない。しかし、昨夜は徹夜のつもりだったが、結局午前2時過ぎにダウンしてしまった。
旧職場に出社した。ここなら落ち着いて仕事ができる。
元部下に高精細画面の評価の仕方について教えてもらって、それをすぐにプレゼン資料にした。
続いて、一橋大学の先生の論文を読んで感想をまとめた。
残った時間でビジネススクールの予習をしたが、またいつもの準備不足のままの受講になりそうだ。
しかし、それよりももっとやばいのが依頼を受けている短編小説である。
当初、余裕しゃくしゃくの日程だった。
それが、次々にやることが起きて、締め切りの遅い仕事が後回しにされているうちに、この短編小説とはいっても骨のある仕事が、未着手のままで今日まできてしまったのだ。本当にやばいぞ、これは。
2012年11月はここ
気まぐれ日記のトップへ戻る